2007 年 2 月 14 日 のアーカイブ

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HIROSHIMA

2007 年 2 月 14 日

「この子を残して」というのは、そういう内容だったのか。とてもではないが、
私には読めそうにない(泣)。あまりに苛酷すぎて・・・ダメだ・・・

ここで思い出すのが日本を代表するインダストリアルデザイナーで、道具学会
の名誉会長でもある栄久庵(えくあん)憲司さんだ。彼の原体験も原爆だった。

浄土宗の寺に生まれ育った栄久庵さん自身、僧侶であり、郷里広島の被爆か
ら10日後、廃墟に立って人間世界の中の地獄を見た一人だ。強烈な原体験は、
その後の生き方に大きな影響を及ぼす。

私は高校の修学旅行先が広島・萩・津和野で、その際、広島平和記念資料館
に行ったが、なぜか長く伸び切った爪を覚えている。爪の先にまで神経が伸び
ているので、爪を切れないんだとか。遠い記憶なので定かではない。

原爆ドームの前で撮った記念写真に様々なものが写っていた友人は、後にお
焚き上げをしてもらったとか。旅館では霊感の強いクラスメートの部屋に、深夜
おかっぱ頭で着物姿の少女が壁から出て来て、お母さんを返してとせがんだ。

もう2度と戦争はしないから、安らかに眠ってねと話しかけると、そのままスーッ
と壁に戻って見えなくなったとか。一緒に行動していた仲のいい友人が、ある
教会の前で具合が悪くなり、その場に座り込んでしまった。

すると、シスターがやって来て、「ここはご家族のない方々が眠られている
お墓ですので、手を合わせて下さい」と言われた。その場で3人で祈ると、
彼女はすぐに回復したetc. とにかく広島では色々な事が起こり、忘れら
れない体験となった。

永井隆博士生誕100年に向けての記念事業がスタートしたという。「この子
を残して」を始め、数々の名作を生み出した二畳一間の小さな庵は、聖書の
一節「己の如く人を愛せよ」という言葉により、「如己(にょこ)堂」と名づけら
れた。長崎に現存しているので、いつか訪ねてみたいと思う。
20070214
♪お腹が空いてると、何でもおいしそうに見えるじもてぃーのスーパーお惣菜コーナー。ンんっ、でも待てよ。何かおかしくないかい? コッロケだとぉ(笑)?

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