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失ったもの

2005 年 1 月 17 日

20050117
ある神父さんが交通事故で、首の下から全部の神経を損傷し、車椅子の生活を送るようになりました。

とても明るい性格の人で、周りの人は彼を見ているだけで励まされます。「交通事故でそんな体になっ

たのに、どうしてそんなに明るいのですか?」と聞かれて、彼はこう答えました。「ケガをして失ったもの

は確かにあるよ。でもね、それは億万長者が千円を落としたようなものだよ」。この「億万長者が千円

を落としたようなものだ」という言葉は、すごいなぁと思います。人は何かをなくすと、後悔したりします。

アクセサリーを落としてしまったとします。そうすると、「あの時落とさなければ、今使えたのに」と後悔

したり、「あの時、何で気づかなかったんだろう」と自分を責めたりします。もし、人に貸していて落とさ

れたのであれば、「あの人のせいで」と、人を責めてしまいたくなります。けれど「なくしたものは、その

役目を終えたから去ったのだ」という言葉を聞いた事があります。そのアクセサリーは、自分の元を

離れてしまったけれど、拾われて、どこかで誰かの役に立っているかもしれない。また自分は、その

アクセサリーをなくした事によって、今まで使わなかった物をまた使うようになったり、新しい、今の自

分に合った物を買う事によって、また新しい運を引き寄せる事に繋がったのかもしれないのです。

株や投資などで、大金を失った人もいるでしょうが、お金も同じです。「なくした」という事も「意味があ

る事」なのです。でなければ、なくならず、手元にあるはずなのです。何をなくしても、今生きていると

いう事は、億万長者が1円なくしたようなものなのでしょう。神父さんの話に戻ると、五体満足な身から

すると、首の下から全ての神経が動かないなど、絶望的な事のように思えます。けれど「五体不満足」

を書いた四肢に不自由のある乙武洋匡さんが、「障害は個性だ」と言っているように、自分が持って

いる他のものを活かせば、その個性で、また素晴らしい事ができるのです。人は、失っても失っても、

まだたくさん持っているんですね。失ったものは、その役目を終えたから。だから、悔やむ事はない。

そして、なくすまで自分のそばにあってくれた事を感謝し、今あるものは、もっと大切にしていく事。

そうしていくと、新しい可能性が開けてくるのでしょう。そうでなければ、「失う」という出来事が起き

る訳がないのですから。失うのは、その役目を終えたから。悔やまず、今あるものの新たな可能

性を見つけよう!

/恒吉 彩矢子

♪今日の国連防災会議記念切手 被害に遭った職業の人々の道具で構成された「難儀鳥」と呼ばれる架空の鳥が、古来地震の元とされていたナマズを捕まえている版画。今日は阪神・淡路大震災から10年・・・黙祷。

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