2006 年 4 月 10 日 のアーカイブ

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Our Lady

2006 年 4 月 10 日

1975年1月4日以降、マリア像から幾度も涙がこぼれ落ちた。神の母の美しき涙。この
奇跡は信仰の多寡、信者、未信者の区別なしに大衆に目撃され、専門家による鑑定
の結果、紛れもなく人間の体液である事が証明されるに至る。科学的合理主義者は、
ここで燃え尽きた。あらゆる疑いが灰燼に帰した。

聖母マリアは、なぜに涙を流されたのか?
20060410 
1981年9月15日、悲しみの聖母を記念するこの日に、101回目の落涙現象が記録された。
これが最後の涙であった。101という数字には、深い意味が秘められていた。創世記3章
15節を引いた天使の言葉、それは「共贖者マリア」の概念を暗示するものであった。

奇跡はこれだけにとどまらない。「ご聖体のうちにましますお方のみ前で、耳が完全
に癒され、いと高きおん者のみ業が成就されます」と兼ねてから告げていた天使の
言葉通り、翌年の聖霊降臨の祭日に行われた聖体降福式の最中、安田貞治司祭
が聖体顕示器を高々と掲げて、一同に祝福を与えた瞬間、シスター笹川の耳がたち
どころに開けた。まさに、一瞬の出来事であった。

1984年4月22日、この上なく慎重な調査を経て、時の新潟教区長、伊藤庄治郎司教が
ついに秋田における私的啓示を司教書簡で認可する。殺到する国内外の巡礼者。数え
切れぬ人々の上に、恵みの雨が降った。次々に起こる恵みのラッシュ。信仰の再生、
受洗の決意、神への立ち返り、不治の病の全快・・・

幼木が樹齢を重ねて大木に育ってゆくように、巡礼地・秋田もたくましい成長を見せる。
1992年、「国際マリア会議」が秋田で開催され、世界各地から枢機卿、大司教クラス
を含む約70名の聖職者が一堂に会した。歴史の大きなうねりの中で、「聖体奉仕会
の祈」は「Eucharistic Prayer of Akita」として、急速に世界に広がってゆく。

/「日本の奇跡 秋田マリア像の涙 秋田のメッセージ(安田貞治著:エンデルレ書店刊)」より抜粋、引用

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