2006 年 11 月 のアーカイブ

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ルーシーダットン

2006 年 11 月 10 日

未空父が「ルーシーダットンって知ってるか?」と朝日新聞の切り抜き
を持って来た。何ソレ?

未空父 「どっかで聞いた事があるんだよなぁ。思い出せないなぁ」
未空 「へぇ~、知らな~い。初めて聞いたよ」

ティモシー・ダットンって俳優にいなかったっけ? 人の名前と思いきや、
ずぇんずぇん違った(笑)。ぬわ~んとタイに古くから伝わるという健康
体操とゆーではないか。へぇへぇへぇ! 

その朝日新聞の記事によれば、ルーシーはタイ語で仙人や修行者、ダッ
は伸ばす、押す、トンは自分でという意味で、「仙人体操」と訳される話題
のエクササイズ。

ルーシーダットンの特徴は、「息を吸いながら動かし、元に戻す時にゆっ
くりと吐く」事にある。体をねじったり、伸ばしたりする時に息を吸って、
内臓を刺激し、タップリ酸素を取り込む。この呼吸が血流やリンパの
流れを促すんだとか。

1時間のレッスンで座り、立ち、寝ながら行う13ポーズをそれぞれ4回ずつ
繰り返していく。ポーズは200以上あり、生徒のレベルに合わせて選択。
ヨガに通じるものがあるなぁ。私はヨガは合わないんだよね。と思ったら、

ルーシーダットンは動きがカンタンなので、自分だけができないという
劣等感がなく、それなりにサマになるポーズが多いので、“ヨガ挫折者”
にも歓迎されたらしい(笑)。

ヨガは体の柔らかい人にどうしても注目が集まり、教室にスター生徒
ができる。先生も生徒もやったらホメ称えるので、そうなるとカラダの
固い生徒は、やっぱ私にはムリだわっと思って行かなくなるのだ(泣)。

写真には「果物を運ぶ仙人」のポーズが載っており、お尻の筋肉に力
を入れ、ヒジでヒザを押している。ネーミングがイイよね(笑)。元々は
山奥の修行者が、長時間座りっぱなしの自分の健康維持のために
考え出したという説もあるとか。

寝仏で有名なバンコクの観光地ワット・ポーでは、毎朝マッサージ師達が
自分自身の健康のために行なっていて、観光客も飛び入りできるそうな。

心を静めムリなく鍛えるというルーシーダットンは、どーせなら本場
バンコクで試してみたいよね。朝の空気を吸いながら、気持ち良さ
げだわ~♪ よしっ、未空武者修業の候補に加えよう。押忍!
20061110
地球をイメージして作られた花壇? そーいえば、スリランカに行ってもう1年になるんだよね。私の最大パワー周期と同時に出発したのは、やはり意味があったのさ。うふふ♪ 行きたい時が行ける時、を実感。今となってはめでたしめでたし。

KOTOBAに逃げるな

2006 年 11 月 9 日

点から線、線から面となった部分の根本は同じだ。ジェネレーション・ギャップ
の体験は、相手に「わかるように」伝えるよりも、自分が「わかりやすいもの」
を伝える方向に流れていないか、チェックせよというメッセージだと思う。

相手にきちんと伝えているか、ではなく、きちんと伝わっているか?
自分の一人よがりで、自分だけがわかる言葉を連発していないか?
他に表現方法は考えられないか?

前に師匠から、「チャクラって、何となくイメージで使ってる奴らって多いでしょ。
第1チャクラがどーのこーのって言われると、そこで思考が停止して、その先に
は進まないんだよな。チャクラとチャックの区別がつかない人に、きちんと説明
できるようになるまで安易に使うなよ。そこに逃げるな」と言われた事がある。
おかげで私は、第1~7チャクラの位置や特色などを勉強した。

師匠 「自分がいい仕事をしたと思う時ほど、大抵はやりすぎてるからな。気をつけろよ」
未空 「はい・・・気をつけます」
師匠 「自分が足りなかったかなと思うぐらいで、ちょうどいいんだ」
未空 「・・・そうですよね。うーん、確かにそうかもしれない」
師匠 「だろっ(笑)? 実は俺もそうなのよ」

言われなければ気がつかない事だらけで、こういう教えは本当に有り難いと思う。
私が色々悩んでいた時、師匠から「やり方は何でも構わない。ただ、人と対座
する事が自分の仕事と思いなさい」と言われ、全てが吹っ切れた。

そんな私にとって、言葉はとても重要なものだ。伝え方が悪ければ180度、意味
が変わってしまう。「そんなつもりで言ったんじゃない」のそんなつもりは、自分に
しか通用しないのだ。

どうやったら、伝わるか?

私の仕事のテーマでもある。言葉の本当の意味を、その持つ力を私というフィ
ルターを通して、最大限に発揮したい。たかが言葉、されど言葉。私なりに
模索しながら日々、取り組んでいこうと思う。
20061109
♪正解は、越後製菓・・・じゃなくって(笑)、「橋」でした。正式名は「Rolling Bridge」。ロンドンのPaddington Basinにある。デザインしたのはHeatherwick Studioで、この斬新な発想には思わず唸ってしまった。ホ~ントおもしろいよね。ホンモノ見てみたいなぁ。

KOTOBAのギャップ

2006 年 11 月 8 日

10/31付「ゾクっぽい」の体験談を未空母に話すと、

未空母(以下母) 「あなた、ニコライ堂って知ってるわよね」
未空 「知ってるよ。神田にあるよね。ロシア正教でしょ」
母   「お店じゃない事ぐらいわかるわよね」
未空 「ハイ~?」
母   「今の若い人に言ったら、スーパーか何かだと思ったらしいのよね」
未空 「えっ、何で?」
母   「ヨーカ堂やキンカ堂と同じと思ったみたい」
未空 「はーはっはっはっ。まぁ確かに堂は付くけど」
母   「ニコライ堂もヨーカ堂もキンカ堂も似たようなモンなのね」
未空 「みんなカタカナだし(笑)」
母   「世代のギャップを感じるわねぇ」

これは「ゾクっぽい」にも通じるかもしれない。つまり自分の言語や表現方法
が全く通じない相手が目の前にいるのだ。思えば私はずっと年上の人達に
甘えてきたんだろうなぁ。相手はオトナで多少の事は目をつむってもらい、
温かく見守られてきたのだと思う。

そういえば、前に20代の女性クライアントに「まずは軍資金が必要ですよね」
と話したら、「軍資金って何ですか?」と聞き返された事がある。そうか、
軍資金という表現は通じないのかとハッとした事がある。

ゾクっぽい、ニコライ堂、軍資金・・・ 1つの点ではわからなくても、2つ目の
点で線となる。3つ目が現れれば、面となる。こ、これは?
20061108
♪11/4の続き。おーっと、タイヤのようなナゾの物体が突然、伸びるぅ~伸びるぅ~。

あなたの疲れは本物ですか?

2006 年 11 月 7 日

アロマにヒーリングにリラクゼーション。
世はまさに「癒し」ブーム。儲けているのは誰?

疲れには、体の疲れと心で感じる疲れがあります。

体の疲労は、栄養分の補給と睡眠で解消できます。

今、日本中で巻き起こっている「癒し」ブームは、
「ストレスで疲れたあなたの心を、様々な手法で和らげて、
楽にさせますよー」というものですよね。

現代の日本は、人間関係の複雑化とコンピュータ化、核家族化
や孤独化で、「みんな心が疲れ果ててボロボロの状態です」と
よくマスコミでも騒がれています。

最近、ふっと思ったのですが、これって「癒し業者」から
商売のために、「あなたの心は疲れてます」と暗示をかけ
られているのではないでしょうか?

世界の中でも、日本はかなり恵まれた国です。

夏は冷房、冬は暖房が当たり前。栄養失調で餓死していく人
もまずいません。

道を歩いているだけで、爆弾が炸裂する事も、機銃を乱射
される事もないでしょう。

この国で、本当のストレスはどこまで存在するのでしょう?

「病は気から」ではないですが、しょっちゅう「あなたは疲れ
ています」「癒されましょう」と囁かれれば、何だか元気も
なくなってきます。

反対に「私の元気で周りの人を癒してあげる」くらいに思えば
疲れも吹っ飛ぶのではないでしょうか?

それでも朝起きて、疲労が抜けず、鬱が続くようなら、これは
もう「癒し」どころではありません。

早急に、医師のカウンセリングが不可欠です。

少し乱暴かもしれませんが、疲れているかどうかを決めるのは
あなたの心で、世の中のブームではありません。

「癒しブーム」に乗るのなら、「癒す」側にまわってみませんか?

/佐野 隆一
20061107
♪友人に誘われ、木津龍馬さんというヒーラーの講話会に出かけた。最初に自分の持ち物で、オーリングテストをやるのだが、私は指輪、時計、携帯と全滅(泣)で、レスキューレメディはO.Kだった。その後、彼が会場全体を波動調整すると、アラっ不思議。再度のオーリングテストで、全ての持ち物がO.Kになってしまった。みんな思わず「おぉぉぉーっ!」と歓声を上げる。木津さんの著書「スピリチュアルグリーン」を読んでみようと思う。

縁(えにし)

2006 年 11 月 6 日

“後1年で赤いチャンチャンコです。いやはや、そんなに生きてしまったのか?
過ぎた時間は本当にアッという間です。まだ決して年寄りだとは思ってませ
んが実際、残りわずかの身の上なんですね。「これを成し遂げるには時間が
ない!」なんて慌てる情況でもありませんが、同時に今後のテーマもないの
が悲しくもあり、ですね。アハハ。後はお主達、後進の実力者が羽ばたいて
行くのを楽しむという事ですね”

彼から届いたMailはこの後、絵文字の拍手が続いていた。そう、今日は美老
庵・師匠の50代最後の誕生日。私は毎年、バースデーカードを送っている。

昨年は出張先の米子から師匠の好きなコーヒー(小泉八雲愛飲?)を送った
っけ。そうか、あれからもう1年になるのか。おかげで出雲大社にも行けたん
だもんね。しみじみ・・・

私が初めて師匠に会ったのは2000年7月、空庵を立ち上げて間もない頃だ。
知り合って6年だが、このご縁が結ばれるまでに、実は私が中学生の時ま
で遡る。これには未空母が大きな役割を果たしており、もし未空母がその人
と仲良くならなければ、師匠には出会えなかった。つまり未空母がキュー
ピッドのようなものなのだ。

「スゴい先生がいるから何かあったら行ってみなさいって紹介されたん
だけど、あなた一度会ってみる?」「うん、そうする。電話番号教えて」

当時、八方塞だった私は藁をもすがる気持ちだった。初めて師匠に電話した時、
声の若い人だなぁという記憶があり、第一印象はバーテンダー&勝負師(笑)。
今でもそうだが、スーツを着ていてもカタギには見えない(笑)。

1時間で帰る予定が、7時間もいたのだ! うだるような暑い日で、何杯もアイ
スコーヒーをお代わりしながら、「もう20年以上この仕事をしてるけど、初対面
で7時間もいたのは、あなたが初めてだよ。不思議な人だね」と言われたの
を覚えている。やはり私と師匠は出会うべくして出会ったのだ。何という奇跡!

この6年間、どれだけ助けられたかわからない私は、本当に人にだけは恵まれ
ている人生だと思う。当時は鎌田先生と呼んでいたが、いつの間にか師匠と
呼ぶのが普通になった。空庵の歴史はこの師匠と共に歩んだ歴史でもある。
ただひたすら有り難い。来年の3度目の成人式祝いは何をあげよう(笑)?

何かある度、「身に起こる事は全て心の写し絵」という師匠の言葉を思い出す。
また「上司もいない代わりに部下もいない。管理する事も管理される事も放棄
した仕事人生です」というセリフには、心底シビれてしもーた(笑)。私もそう
なりたい、そうでありたいと真剣に願い、その方向で動いている。

師匠、いつもありがとう。いつまでも元気で長生きして下さいね。

ありったけのハートをこめて
愛弟子未空
20061106

付喪神

2006 年 11 月 5 日

クライアントの方から「道具寺道具村建立縁起展」を教えて頂いた時、
すぐに思い出したのが「付喪神」の存在だった。付喪神を「もったい
ないお化け」と説明しているサイトもある。

つくも神は元々、「九十九髪」と書いたともいわれ、九十九は百から
一を引いたものなので、九十九髪は白髪を示し、長年の年を経た事
を指す言葉でもあるとか。

私が最初にこの存在を知ったのは、ある展覧会で「百鬼夜行絵巻」の
中の絵を見たからだ。家の中にある草履や傘、鍋、釜、筆、琴、琵琶etc.
の道具に手足が生え、踊っている図は何とも楽しそうでユーモラス。

とても印象的な1枚だった。「百鬼夜行絵巻」には色々なバージョンが
あり、道具ではなく狐や狸などが妖怪に化け、どんちゃん騒ぎしている
ものもある。だが、私はこの室町時代に描かれた道具の絵が好きだった。

室町時代、京都の町では新春前に古道具を処分する習慣があった。これ
に道具達が怒ったのだ。長年、人間様にひたすら尽してきたのに、何の
感謝もなく、ましてご褒美もなく、簡単に路上に捨てられるなんて。

化け物になって、人間どもに思い知らせてやるっ!

この道具達の反乱を描いたものが、「百鬼夜行絵巻」だったのだ。道具
は100年経つと精霊が宿り、「付喪神」になるという。針供養、人形供養
等はこの付喪神信仰の名残りといわれている。

ご先祖様達は道具供養をして、その魂を鎮めてきた。栄久庵さんは「日本
人は仏教徒である前に、“物”教徒である」と言う。それだけモノとの関わ
りが深いのだ。確かに人間は裸体1つの他に何も持っていない。後は全て
道具で賄われている。道具の支えなしでは生きてはいけないのだ。

そう考えると今、目の前にあるPC、辞書、携帯、コップ、カレンダーetc.
何もかもが全て有り難い。未空母の家では、仕方なく食べ物を捨てる時、
息を「はぁはぁはぁ」と3回吹きかけて捨てていた。こうすると食べた事と
同じになると教えられ、みやおばあちゃん→未空母→未空姉弟と3代
に渡って引き継がれている。

全てのモノに命があり、心があり、魂がある。ヒトとモノとの良い関係を
築いていきたい。
20061105
♪“首都圏の鉄道の沿線をめぐる「ぶらり途中下車の旅」で、J商店街の中華料理屋さんがね、おいしそうだったの。「楊」っていう家庭料理のお店なんだけど、ご存知? おすすめがマーボー豆腐と水餃子だって。食べた~い!と思っちゃいました”というMailが友人から届いた。「楊」って聞いた事があるような・・・ってなワケで、今夜の未空家のメニューは手作り焼餃子ですぅ。

道具学会名誉会長・栄久庵憲司さん

2006 年 11 月 4 日

PM5:00過ぎ、久々に母校のT学院の前を通り、「道具寺道具村建立縁起展」の
会場であるリビングデザインセンターOZONEに向かう。相変わらず道に迷ったが、
ふと気づくと目の前に新宿パークタワーが聳えていた。おや~、ここってコンラン
ショップが入ってるビルじゃん? もう何年も来てないなぁ。

そもそもこの展覧会はクライアントの方に教えて頂いた。こういう情報はとても
うれしく有り難いと思う。3Fのパークタワーホールでは、その他にも展覧会が
色々と行われており、私のココロはウキウキワクワク♪

道具学会の名誉会長でもある77歳の栄久庵(えくあん)憲司さんは、日本を代
表するインダストリアルデザイナーで、キッコーマンの醤油卓上瓶や秋田新幹
線こまち、成田エクスプレス等の工業デザインで知られた人だそうな。

会場は3つの部屋から構成され、まずは「俗(現代の道具世界曼荼羅)」、次に
「行(山篭修行と建立発願)」、最後に「聖(道具寺道具村構想)」となっている。

6メートルの正方形のガラスで作った道具曼荼羅の上に道具千手観音が安置さ
れていた。曼荼羅には48体の菩薩が散りばめられ、その菩薩はロボット、宇宙
探査衛星等の道具を持っている。色々な道具を手に持つ“道具千手観音”は、
「恐ろしい顔つきでも笑いすぎてもいけない。赤ちゃんの顔を参考にした」そうな。

栄久庵さんは人間が作ったモノを供養するためにも道具寺が必要で、寺を中心
にデザイン工房、道具大学、道具遊園地を配した道具村を作りたいという夢を
抱いていた。

道具村は道具寺を中心に「道具供養院」「道具探求院」「道具開発院」「道具
為楽院」の4つの領域から構成される。会場で栄久庵さんをお見かけしたが、
都会に下りて来た仙人といった風情だった。お話してみたかったなぁ。

それにしても、かつてここまでモノ作りに対して、哲学的叡智を持ち込んだ人
はいたんだろうか? やはりバックボーンが違うのだ。浄土宗の寺に生まれ
育った栄久庵さん自身、僧侶であり、郷里広島の被爆から10日後、廃墟に
立って人間世界の中の地獄の中に、「モノ達のうめき声を」を聞いた。あまり
に強烈な体験、これこそが原点だ。

モノにも心がある。魂がある。

私も心からそう思う。また私の場合、超不器用でモノが作れない事。そして
自分の作品というものが一切残らない仕事という点で、モノ作りに対しては
人一倍憧れが強いんだと思う。本当に素晴らしい展覧会であり、とても清ら
かな気分になれた。教えて下さったクライアントの方、本当にどうもありが
とうございます!

栄久庵さんが夢見てきた、人と道具の調和する理想郷“道具村”。道具千手
観音を中心に、人と道具が平等の世界を築く平和な空間。モノが作れない
私でも、その理念に心から共感する。道具村の完成予想図に、こんな美しい
言葉が添えられていた。

美によって、具〈そなえ〉は道を得て、道具となる
(When implements obtain the way with beauty, they become DOUGU)
20061104
♪さて、ここで問題です。このタイヤのような形をしたモノは、いったい何でしょう?

文化の日によせて「道の具え」

2006 年 11 月 3 日

道具は「道の具え」と書く
道具は人々のより豊かな生存への道
生活求道の道に具えられしものである

全ての人々が何らかのかたちで道具づくりに携わり
全ての人々の営みが 道具文化に育まれる今日
道具のさらなる進展によって
21世紀を道具による人間復興世紀とすべし

今や物心両面における豊かな生活の再構築のために
従来の価値観を刷新し 未来のものづくりを願う
「道具寺」の建立が求められている
すなわち道具の研究と開発に勤しむ共同体の形式が
求められているのである

「道具寺」には 同時に 道具道場が開かれる
それは、ものづくりの精神を鍛錬しその技を修行する
厳しい修験の場としての道具道場である
そこでは「道具の道」すわなち「道具道」が
習得されることとなる

そしてその精神を核として「道具大学」が開かれる
さらには「道具工房」も形成される
伝統的手段と先進的技術が相乗して
新たなものづくりの基盤が形成されてゆく
新種の道具が受胎し 出産される
激しい創造の現場には
道具探求への智恵が集まり来る そして重なり行く
「発明・発見・工夫・発想・開発・実験」の宝庫となる
これらの蓄積は 将来の道具村に形成に向けて
様々に発展してゆくこととなる

/「道具寺道具村建立縁起展」パンフレットより
20061103

道具寺道具村建立縁起展

2006 年 11 月 2 日

「道具寺道具村建立縁起展」
会期:2006年10月27日(金)~11月5日(日)
時間:10時30分~19時
会場:リビングデザインセンターOZONE
    〒163-1062 東京都新宿区西新宿3-7-1 新宿パークタワー3F
入場料:500円(税込・学生以下無料)
問い合わせ先:03-5322-6500

日本のインダストリアルデザイナーの草分け・栄久庵憲司氏が心に期し、
構想を練ってきた「道具寺道具村構想」を開陳する展覧会を開催します。

この構想を紹介する事で、より多くの方々に人間と道具との関係を再考
するきっかけとなり、これからの生活文化を推進する糸口になる事を
期待しています。

ものづくりは人間の文化・文明を支える基礎として、永い歴史を刻ん
できました。とりわけ産業革命を基点とする近代化を経たものづくり
の道は、物質文化が生活を変革する時代を形成してきました。しかし、
物質的豊さの陰には、その代償としての負の遺産が山積みされました。

それは地球環境の危機、精神文化の衰退、コミュニティ社会の崩壊等、
今日の物質文明が直面する由々しき課題です。今こそものづくりの
立場から、ものをめぐる文化・文明のあり方を問い直してみませんか。

本展では、世界で初めて制作された道具自在千手観音像を展示します。
この道具自在千手観音像と道具曼陀羅は道具と人間の関係を象徴する
シンボルであり、この構想の中心となります。また、2005年10月に栄久
庵氏が和歌山県白浜町で山篭修行をした庵も展示し、併せて道具村を
構成する施設とその概要も紹介します。
20061102

免許皆伝

2006 年 11 月 1 日

戦国時代の剣豪、塚原ト伝(ぼくでん)にこんなエピソードがあるそうです。
 
入門を許された弟子が、ト伝にこうたずねました。

「私は一生懸命に修行します。何年で免許皆伝になるでしょうか?」

「お前はなかなか筋がいい。一生懸命に修行すれば、5年で免許皆伝になるだろう」

ト伝がこう答えると、弟子は不満だったようで、こう問い直します。

「では、私は寝食を忘れて修行に打ち込みます。これなら何年かかりますか?」

「そうだな、その場合には10年かかる」

弟子はからかわれたと思ったのか、再び問い直します。

「じゃあ、私は死にもの狂いで修行をします。何年で免許皆伝になりますか?」

すると、ト伝は

「おい、お前。死にもの狂いでやれば、一生、免許皆伝にはならんぞ」

と笑いながら答えたそうです。

ペースを守り、きちんとおいしく食事を摂り、ぐっすり眠って、一生
懸命に修行をすれば、5年で到着する道も、寝食を忘れて急げば、
病気になったり、ケガをして、結果的には倍の時間がかかります。

ましてや、死にもの狂いで結果を追い続ければ、挫折するか、
体を壊して死んでしまうかして、結局ゴールに辿り着けない。

何だか、人生そのもののような気がしてきませんか?

「結果」ばかりを早急に追い続けるのではなく、毎日毎日の修行その
ものを楽しむ事こそが、人生の「免許皆伝」の近道ではないでしょうか?

/佐野 隆一
20061101

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